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東京地方裁判所 平成元年(ワ)7092号 判決 1991年11月28日

甲事件原告(乙事件被告)

毛利弓義

右訴訟代理人弁護士

堤義成

鈴木純

行方美彦

吉田繁實

白土麻子

甲事件被告(乙事件原告)

佐藤恒彦

甲事件被告(乙事件原告)

佐藤幾子

右両名訴訟代理人弁護士

海部幸造

主文

一  甲事件原告(乙事件被告)が別紙第二物件目録記載の土地について通行権を有することを確認する。

二  甲事件被告ら(乙事件原告ら)は甲事件原告(乙事件被告)に対し、別紙第三物件目録記載のブロック塀を撤去せよ。

三  乙事件被告(甲事件原告)は、乙事件原告(甲事件被告)佐藤恒彦に対して金三九万九〇〇〇円、同佐藤幾子に対して金三九万九〇〇〇円及び右各金員に対する平成元年一〇月一四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  乙事件原告ら(甲事件被告ら)のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、甲事件、乙事件を通じてこれを二分し、その一を甲事件原告(乙事件被告)の、その余を甲事件被告ら(乙事件原告ら)の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

一甲事件

主文一、二項と同旨

二乙事件

乙事件被告(甲事件原告。以下「原告」という。)は、乙事件原告(甲事件被告。以下「被告」という。)らに対して、合わせて三一四万円とこれに対する平成元年一〇月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1(土地の所有関係)

原告は、別紙第一物件目録一記載の土地(以下「五〇一番三の土地」という。)を所有している。

被告佐藤恒彦(以下「被告恒彦」という。)、被告佐藤幾子(以下「被告幾子」という。)の両名は、別紙第一物件目録二、三記載の土地(以下「五〇一番二の土地」、「五〇一番一一の土地」という。)を共有している(共有持分は同目録記載のとおり)。被告幾子は、五〇一番二の土地の持分については、被告恒彦から昭和六三年一二月二一日贈与により取得し、五〇一番一一の持分については、竹沢志やうこと訴外竹沢鉦(以下「訴外竹沢」という。)から昭和六一年五月八日相続により取得した。

訴外緑川功(以下「訴外緑川」という。)は、別紙第一物件目録四記載の土地(以下「五〇一番四の土地」という。)を所有している。

右各土地の配置は、概ね別紙図面のとおりである。

2(本調停の成立)

原告は、昭和五二年五月、原告を申立人、被告恒彦、訴外緑川、訴外竹沢を相手方として、大森簡易裁判所に通行権確認の調停を申し立て(同裁判所昭和五二年(ユ)第七九号事件)、同年七月八日、別紙第二物件目録記載の土地を含み、五〇一番二、五〇一番一一、五〇一番四の土地のうち別紙図面イ、ロ、ハ、チ、ニ、ホ、へ、ト、イを順次直線で結んだ線で囲まれた土地部分(以下「本件私道」という。)について、左記のとおりの条項で原告が通行権を有することを確認する旨の調停が成立した(以下この調停を「本件調停」といい、成立した調停条項を「本件調停条項」という。)。

(一)  相手方らは申立人に対し、本件私道につき、申立人が通行権を有することを確認する。

(二)  申立人と相手方らは、本件私道に車輌を駐車せしめたり、人の通行を阻害する物件を放置したりしないことを相互に約する。

(三)  申立人は、昭和五二年七月一日から本件私道通行料として、相手方らに対し、3.3平方メートル当たり一か月一二〇円の支払義務あることを認め、毎年六月と一二月の各末日に過去六か月分を持参して支払う。

なお、右通行料は、本調停成立の日から三年を経過するごとに当然に三〇パーセントずつ増額されるものとする(円未満切捨て)。

(四)  申立人と相手方らは、従来から利用してきた私道を本件私道の範囲に減縮する旨の私道変更申請を所轄行政庁に提出するものとし、必要書類の作成に相互に協力する。

(五)  当事者双方は、本件について、本調停条項に定めるほか、なんらの債権債務のないことを相互に確認する。

(六)  調停費用は各自弁とする。

3(本件調停の意義)

昭和五八年七月以前、別紙図面ロ、ヘ、ホ、hを中心に幅員約3.5メートルの私道(以下「本件旧私道」という。)が存在し、右私道は建築基準法四二条二項にいう道路(以下「二項道路」という。)と認定され、別紙図面のように道路中心から二メートル幅の部分(同図面斜線部分)が道路後退線として建物の建築が制限されていた。

本件調停で合意された趣旨は、本件私道部分について原告の通行権を認めつつ、その通路部分としては幅員二メートルの本件私道部分に限定する、すなわち本件旧私道につき道路廃止を行い、原告のために本件私道部分を原告の敷地の路地部分として通行権を認めようというものであった。

4(原告による旧私道の一部廃止)

原告は、昭和五八年七月五日、本件旧私道の一部である別紙図面e、h、g、d、c、チ、ヘ、ト、f、eの各点を順次直線で結んだ線で囲まれた部分(以下「原告廃止部分」という。)につき二項道路の廃止を大田区に申請し、被告らや訴外緑川もこれに協力したため、同月二二日に廃止処分がなされた。

5(被告らの増築工事)

被告らは、五〇一番二、五〇一番一一の土地上にある被告らの建物を増築するため、昭和六三年三月、原告に増築する旨の挨拶をしたうえで、増築工事に着手したが、鉄骨が組上がった段階で原告の通告により大田区の指導が入り、鉄骨が二項道路の道路後退線にかかっているので、鉄骨を撤去するよう求められた。

6(被告らによる旧私道の廃止申請)

被告らは、昭和六三年五月、本件旧私道のうち別紙図面a、イ、ロ、ハ、b、c、チ、ヘ、ト、f、aで囲まれた部分(以下「被告ら廃止申請部分」という。)について道路廃止をするため、本件調停条項に基づき原告に協力を求めたが、原告は、道路廃止申請手続に必要な協力をしなかった。

7(本件ブロック塀の設置)

被告らは、昭和六三年一二月三〇日、原告が提供した本件私道の通行料の受領を拒否し、平成元年一月二五日、五〇一番二の土地上に別紙第三物件目録記載のブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を設置した。

二争点

本件では、互いに相手方が本件調停条項に違反していると争っている。

すなわち、原告は、甲事件において、本件調停条項に基づく通行権、黙示の承諾による通行権、囲繞地通行権のいずれかにより本件私道の通行権があるとの前提に別紙第二物件目録記載の土地についての通行権の確認と本件ブロック塀の撤去を求めるのに対し、被告らは、原告が本件調停条項に違反したとして本件調停条項の解除などを主張している。他方、被告らは、乙事件において、本件調停条項に基づいて旧私道の廃止の協力を求めたのに原告がこれに協力しなかったため、増築工事をやり直さざるをえなくなり、損害が発生したとして原告の債務不履行を理由に損害賠償を求めている。

したがって、本件の主たる争点は、本件私道に対する原告の通行権の有無、本件旧私道廃止に協力しなかったことによる原告の被告らに対する損害賠償義務の有無である。

第三判断

一本件紛争発生までの経緯

前記争いのない事実に証拠(<書証番号略>、原告、被告佐藤恒彦)を総合すると、原告と被告らとの間で本件紛争が発生した経緯等について、以下の事実が認められる。

1  本件調停以前、原告所有の五〇一番三の土地、被告ら所有の五〇一番二、五〇一番一一の土地、訴外緑川所有の五〇一番四の土地の境界である別紙図面ロ、ヘ、ホ、hを道路中心線として、幅員約3.5メートルの本件旧私道があり、二項道路と認定されていたため、中心線からそれぞれ二メートル離れた別紙図面a、f、eを結ぶ線と同図面b、c、dを結ぶ線がいわゆる道路後退線となって、建物の建築が制限されていた。しかし、右旧私道は、別紙図面e、h、g、dを結ぶ線より東側には通じておらず、五〇一番四、五〇一番二、五〇一番一一の各土地は直接公道に面しているため、実質的には、本件旧私道を必要とするのは原告だけという状況であった。

2  本件調停では、五〇一番二、五〇一番一一、五〇一番三、五〇一番四の各土地を所有していた原告、被告恒彦、訴外竹沢、訴外緑川の四名が、道路後退線による建築制限をなくすことによって、それぞれの土地をより有効に利用するため、本件旧私道を廃止することにする一方、それによって原告所有の五〇一番三の土地が建築基準法上適法に建物が建築できなくなることを避けるため、被告恒彦、訴外竹沢、訴外緑川が原告に対して、本件私道を五〇一番三の土地に建物を建築するための一団の敷地として利用できる路地部分として通行することを認めるという趣旨で本件調停条項の合意が成立したものであった。なお、右調停を成立させるにあたり、原告、被告恒彦、訴外緑川は、区役所に行って、本件旧私道の道路廃止をしても、五〇一番三の土地に適法に建物建築ができる方法を聞いた上で本件調停を成立させた。右調停時には、本件私道部分を原告に買い取って欲しいとの要望が訴外緑川や被告恒彦から出されたが、当時は買取り資金が原告になかったため、買取りは将来のこととして、原告が通行料を支払うことになった。

3  本件調停成立後まもなく、原告と被告らは費用を出し合って別紙図面hとホを結ぶ境界線上に塀を作り、被告らは、同図面ホ、ニ、チ、ハを結ぶ線上にフェンスを作った。また、訴外緑川は、別紙図面イとトを結ぶ線上にコンクリート塀を作り、塀際近くまで建物を増築した。このように本件旧私道は、本件調停成立後、二メートル幅の本件私道部分を除いて事実上消滅させられたが、これについては誰からも異議が述べられなかった。

4  原告は、昭和五八年七月、五〇一番三の土地にある原告の建物を増築するにあたり、建蔽率の関係から敷地面積を増やすため、一級建築士吉沢誠に依頼して本件旧私道のうち、原告廃止部分について、正式に道路廃止の申請手続をした。右申請には、被告恒彦、訴外竹沢や訴外緑川を始めとする関係者が協力したため、道路廃止の処分がなされた。右道路廃止の結果に基づき、原告は、自宅の増築を適法に行った。

5  被告らは、昭和六三年三月、自宅の増築を計画し、被告らの娘が原告宅にその旨の挨拶に行き、工事に着工した。しかし、工事に必要な建築確認の手続は取っていなかった。

原告は、被告らが自宅を増築することについて、被告らには異議を述べなかったものの、大田区に対し、被告らの増築のための基礎が二項道路の道路後退線である別紙図面bとcを結ぶ線を超えている部分に作られていることを通告した。このため、区役所の係員が被告らの工事現場を視察にきたが、被告幾子が本件調停条項を係員に示して、道路廃止のいきさつを説明したところ、係員は黙認する態度を示して帰った。そこで被告らはそのまま工事を続け、同年四月に鉄骨が組上がったが、その時点で、原告が再度区役所に通告したため、大田区は、被告らに対し、道路廃止がなされていない以上、二項道路内に建築することは許されないので設計を変更するよう求め、併せて工事を停止するよう命じた。

6  被告恒彦は、区役所の係員に本件調停条項を示して、説明したが、調停は当事者の合意に過ぎず、区としては受け入れられないということであったため、被告らは、一級建築士根本吉夫に依頼して、本件旧私道のうち被告ら廃止申請部分について道路廃止の申請手続を行うことにした。右道路の廃止には利害関係人として原告と訴外緑川の承諾が必要であるため、同年六月中ころ、被告らの娘夫婦が原告宅に赴き、申請書類に原告の承諾印を貰いに行ったところ、原告は、本件私道部分が原告の所有名義にならない限り承諾はできないとして、道路廃止の承諾を拒否した。

7  そのため、被告らは、被告ら廃止申請部分の道路廃止を断念し、別紙図面bとcを結ぶ線の内側に建築するよう増築工事の設計を変更し、組み上げてあった鉄骨を取り壊した。その後、改めて工事をやり直して、増築工事を完成させた。

8  同年八月二四日ころ、被告恒彦が別紙図面ホ、ヘ、チ、ニ、ホで囲まれた部分にバイクを置いておいたところ、原告が被告宅へ来て、調停違反だからバイクをどけろ、どけなければ強制執行する旨言ったため、被告恒彦は、調停に違反したのは原告の方ではないか、昭和五八年に原告廃止部分は道路廃止にして宅地になったのだから別紙図面ホとへを結ぶ線に塀を作ることもできるのだと言い返し、口論になった。その二日後、原告は、<書証番号略>の手紙を書いて被告ら宅に持参した。

9  被告らは、本件調停条項は原告によって破棄されたものと考え、同年一二月、原告が本件私道部分の通行料を持参した際、この受領を拒絶し、平成元年一月二五日、本件ブロック塀を築造した。本件ブロック塀は、ブロックを二段に積んだもので、原告宅から、本件私道部分のうち五〇一番二の土地に属する部分への出入りを妨げる形となっている。

二原告の通行権について

1  右認定したところによると、被告らが作った本件ブロック塀は、本件調停条項で被告恒彦や訴外竹沢が原告に通行を認めた本件私道部分への出入りを妨げるような形で築造されているのであるから、別紙第二物件目録記載の土地を含む本件私道について原告の通行権を認めた本件調停条項に反するものであることは明らかである。

2  被告らは、原告が本件旧私道のうち被告ら廃止申請部分の道路廃止に協力しなかったのは、本件調停条項に違反するものであるから、原告の債務不履行を理由に本件調停条項の合意事項を解除する旨主張し、仮に解除できないとしても、自ら本件調停条項に違反しながら本件調停条項の履行を被告らに求めることは許されない旨主張する。

なるほど、前記認定のように、本件調停条項で合意された趣旨は、本件旧私道の土地所有者が右旧私道を廃止することによって、それぞれの土地の有効利用を図ろうとしたところにあり、現に本件旧私道は本件調停成立後まもなく事実上本件私道部分を除き消滅させられており、昭和五八年七月には、原告の土地の有効利用を図る目的で原告の申請により原告廃止部分は法的にも道路廃止の処分がなされているのであるから、本件私道部分の通行を認められる反面として原告は被告らの道路廃止に協力(具体的には道路廃止の承諾)すべき義務があったものであり、この協力を拒否した原告には本件調停条項に違反する行為があったものというべきである。

しかしながら、本件調停条項は、原告と被告恒彦、訴外竹沢(その相続人である被告幾子)との間だけの合意ではなく、訴外緑川の利益のためにも合意されているものであって、被告らだけで本件調停条項の解除がなしうるものとは認め難い。すなわち、本件調停条項に基づき本件旧私道は事実上本件私道部分を除いて事実上消滅しているだけでなく、原告廃止部分については法的にも道路廃止処分がなされているところ、<書証番号略>によれば、本件私道部分の原告の通行権を否定し、かつ、被告ら廃止申請部分の道路廃止をすると原告所有の五〇一番三の土地には建築基準法上適法に建物が建たなくなり、そのような道路廃止は法的に認められないことが認められるから、原告の本件私道の通行権が被告らによって否定されると訴外緑川も本件旧私道のうち被告ら廃止申請部分の道路廃止ができなくなる。したがって、被告ら廃止申請部分の道路廃止の可能性がある限り、本件私道部分の通行権を被告らの意思のみによって消滅させることはできないものというべきである。原告が被告らの道路廃止に協力しなかったというだけで原告の本件私道の通行権を否定することはできない。

3  したがって、別紙第二物件目録記載の土地の通行権の確認と本件ブロック塀の撤去を求める原告の請求は理由がある。

三被告らの損害賠償請求権について

1  被告らは、原告が被告ら廃止申請部分について道路廃止に協力しなかったことを捉えて、原告に債務不履行責任があると主張しているところ、本件調停条項の第四項には、本件旧私道を本件私道の範囲に減縮する旨の私道変更申請を所轄行政庁に提出するものとし、必要書類の作成に相互に協力する旨明確に記載されており、本件調停条項が合意された全体の趣旨は、本件旧私道を廃止する代わりに原告のために本件私道の通行権を設定するというものであるから、本件調停条項により本件私道の通行権の設定を受けた原告は、被告らの本件旧私道の道路廃止に協力する義務があったものというべきである。

2  そうして、前記一で認定したところによると、被告らが増築工事の停止と設計の変更を大田区から求められたのは、増築部分の基礎や鉄骨が本件私道の外ではあるが本件旧私道の内側に設けられたことによるものであり、本件旧私道のうち被告ら廃止申請部分の道路廃止がなされていれば、組み立てた鉄骨を取り壊して、設計変更のうえ立て直すことまでする必要はなかったものと認められるのであって、原告が被告らの道路廃止に協力しなかったことと被告らが増築工事をやり直すことによって生じた損害との間には因果関係があるものというべきである。

3 原告は、被告らはまず道路廃止を行ってから増築工事に着工すべきであるのに、増築工事を先行させたのは違法であり、このような場合は、道路廃止に協力すべき義務はないと主張するが、増築工事が違法だからといって、道路廃止に協力する義務がなくなるとは解せられない。

4  次に原告は、道路廃止に協力すべき義務があったとしても、本件調停成立の昭和五二年七月八日から一〇年を経過したことにより時効によって消滅したとして、本訴において右消滅時効を援用している。そうして、前記認定したところによると被告らが原告に被告ら申請部分の道路廃止の協力を求めたのは昭和六三年六月のことである。

しかしながら、原告は、昭和五八年七月、自宅増築にあたり敷地の有効利用を図るため、本件調停条項による合意を前提に原告廃止部分の道路廃止申請を行い、被告恒彦や訴外竹沢、訴外緑川に道路廃止の協力を求めていることは前記認定のとおりである。これにより原告が被告らの道路廃止申請に協力する義務を承認し、時効が中断したものと直ちに解せるかは問題であるが、原告の右道路廃止が可能となったのは、被告らを始めとする関係者が全員協力して道路廃止の承諾をしたことと併せて、本件調停条項によって原告のために本件私道の通行が確保されていたことによるものと解される。また、本件旧私道は、被告恒彦や訴外緑川によって、塀やフェンスで囲われ、本件私道部分を除いて事実上消滅させられており、この状態は原告も異議なく承認していたのである。そのうえ、原告は、本訴において、本件調停条項に基づく通行権を主張している。これらのことを勘案すると、自ら本件調停条項に基づき道路廃止を行い、本件私道の通行権を主張しておきながら、それと裏腹の関係にある被告らの道路廃止に協力する義務について消滅時効を主張することは著しく信義に反するものであり許されないものというべきである。

5  原告は、二項道路を廃止するには、原告の土地のために本件私道が一団の敷地として使用できることの使用承諾書が必要であり、本件については、これが欠けているから、被告らの道路廃止に協力する義務はなかったと主張するが、本件調停条項が実質的に右使用承諾書に当たるものであることは前記認定の事実から明らかであり、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、本件私道を原告が買取らなければ道路廃止により自己の敷地が接道しなくなると考えていたため道路廃止に同意しなかったのであり、道路廃止に協力しなかったことには違法性がないと主張する。しかしながら、本件調停に先立って原告や被告恒彦は区役所へ行って相談のうえ、本件調停を成立させていることは前記一で認定したとおりであり、また、原告は、原告廃止部分の廃止申請については、その手続きを一級建築士に依頼して行っているのであるから、所有権を取得しなくても本件調停条項による通行権で足りると知っていた筈であり、そうでなかったとしても知るべきであったといえるから、原告の、被告らによる道路廃止申請に協力しなかったことに違法性がないとはいえないというべきである。

6  そこで、被告らに生じた損害について検討するに、証拠(<書証番号略>、被告佐藤恒彦)によると、被告らが、当初増築しようとした建物は鉄骨を組み上げ、一階部分を自動車の車庫にし、二階に娘夫婦の子供部屋を作るというものであり、本件私道に沿った被告らのフェンスぎりぎりに建物の外壁を作ることが予定されていたこと、これは、子供部屋の広さの確保のほか、自動車を公道から斜めに入れて、本件私道と平行に駐車させるためであったこと、設計を変更し被告らが建てた建物は、当所の予定建物より外壁を約一メートル本件私道から離したものであるが、鉄骨工事等のやり直しのために被告らは五四万円の支出を余儀なくされたこと、また、増築部分の幅が狭くなったため、自動車を本件私道と平行に駐車させることができなくなり、公道と平行に駐車させることになったが、そのためには公道にあるグリーンベルトを被告らの費用で短縮させることが必要になり、このために六〇万円の工事費用が支出させられたこと、以上の事実が認められる。

そうすると、被告らが工事をやり直すことによって、被告らは合計一一四万円の余分な支出を余儀なくさせられたものということができる。

被告らは、原告の道路廃止の協力拒否により、幅一メートル、奥行き8.9メートルの8.9平方メートル(別紙図面のb、c、チ、ハ、bを順次直線で囲んだ部分)が宅地とならなかったことにより、土地の価格が減少し、少なくとも二〇〇万円の損害が生じていると主張する。しかし、右の土地の道路廃止がなされないことに確定した訳ではなく、原告の翻意により道路廃止がなされる可能性もあるから(現に本件の和解手続きにおいては、被告ら申請部分の道路廃止をすることについては、原告も同意しているのである。)、被告らの右主張は採用できない。

7  ところで、被告らが増築工事をやり直すことになったのは、原告が道路廃止に協力しなかったこともあるが、原告が主張するように、被告らが建築基準法の上で適式な手続きを踏まないで工事に着手したことにも一因があることは否定できない。被告らが適式な手続きを踏んで増築工事を進めたならば、事前に原告の態度を知ることができ、余分な支出は避けられたと思われるのである。

したがって、被告らにおいても損害の発生については落ち度があったというべきであり、損害額から三割を過失相殺するのが相当であるから、原告は被告らに対し、一一四万円の七割である七九万八〇〇〇円を賠償すべきである。

8  そうして、被告らが共同して行った増築工事については、その負担割合が判然としないから、その内訳については各二分の一と推定すべきところ、被告らの原告に対する右賠償請求債権は分割債権として各被告につきその二分の一である三九万九〇〇〇円が帰属するものと解される。

したがって、被告らの乙事件請求は、原告に対し、それぞれ三九万九〇〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一〇月一四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

四よって、主文のとおり判決する。なお、主文二、三項についての仮執行宣言はいずれも相当でないから付さないこととする。

(裁判官大橋弘)

別紙第一物件目録<省略>

別紙第二物件目録<省略>

別紙第三物件目録<省略>

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